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守矢 努|Tsutomu Moriya
桑沢デザイン研究所卒業後にアートディレクター/デザイナーとして数々のCDなどのアートワークを手がけて、近年はステンシルアーティスト、アブストラクトペンティングアーティストとして活躍。
自身のルーツ、縄文、人類学、民俗学などの視点を取り入れた作品を制作している。
ルーツは長野県諏訪市で、現在は東京と諏訪の2拠点生活を送っている。
Artist Collaboration Interview with TSUTOMU MORIYA
ステンシルアーティストの守矢努さんのアトリエは、150年以上前の明治初期に建てられた農家の住居で、長野県にて古代信仰の伝統を持つ一族の末裔でもある。
縄文時代から続く先住民の信仰やシャーマニズムが地域に根付いており、明治時代の神社制度の変化により伝統的な儀式は廃れたが、地域の神事としての歴史は深い。
ここをアトリエとして使えるようになるまでDIY で修繕をしながら、現在は東京と長野の二拠点生活を送る。
ステンシルと音楽とキャンプ
みたいなものの親和性が
繋がり出してきたんです。
CDジャケットをはじめ雑誌などのデザインを手掛けられていた時から、どのようにステンシルアーティストとしての活動へ移行していきましたか?
CDジャケットから派生して、アパレル会社が背景についてくれて〈アイラ〉というブランドも手がけていました。
それが、CD がほとんど配信になっていく時代でもあって、アパレル会社とも契約が終了して仕事が激減した頃に、東日本大震災でキャンドルジュンさんと福島に行くようになりました。
そこでステンシルをしながら、ジュンさんがプロデュースしてるフジロックのエリアやニューアコなどでもステンシルのワークショップをさせてもらっていました。
それで、ニューアコのチームから守矢さんのテイストでデザインしてほしいって言ってもらえて、ギリギリ仕事としては助かったって感じですね。
そこから、ステンシルと音楽とキャンプみたいなものの親和性が繋がり出してきたんです。
活躍するシーンも変わっていくことをどう感じましたか?
それまではパソコンでデザインしてデータ入稿していたものが、直接お客さんとやり取りしながら物を作っていくみたいな感じになったので、そこが大きく変わりましたね。
ちゃんとグラフィックデザインとして成立するものをアトリエで作って、それを現場でアウトプットするようにしてるので、ステンシルのワークショップを突然やろうと思っても、ステンシルは大味になるので難しいと思います。
手作業とデザインの両方が必要になってきますね。
そうなんですよ。そういうDIYが好きで、ステンシル自体はそんなに難しくないのでちょっとやればできるんですけど、ネタを作るのがそれなりに面倒ですよね。
もう一つ自分のターニングポイントになったのはフジロックです。お客さんが「いま着てるジャンパーにやってもらえませんか?」みたいなイレギュラーなオーダーがあって、その方が盛りあがることに気づきました。
コラボレーションは、どのように進めていきましたか?
いわゆるアーティストコラボレーションは、アーティストがアートを作って、それが洋服になることが多くて。僕はどっちかっていうと、もうちょっと混じり合う関係性で進めていきたいと思ったので、あくまでカスタマイズな意識です。元々ある〈チャムス〉にプラスオンしてミックスしました。
今までのお客さんと同じように物に対しての関係性をチャムスのコラボにも反映できたらいいかなと思ってやりました。
〈チャムス〉のイメージが活かされていますね。
あと、ツルッとパキッとした印象だったので、エイジング感が出せたらいいなと思っていました。
僕自身が初期の〈チャムス〉からのファンで、90年代にストリートファッションがみんな好きだったときに、その中で〈チャムス〉のハリケーントップが出始めてちょっと高いけど、頑張って買ってみたりしていました。そのときからの可愛いってよりは可愛い色をかっこよく着させてくれるブランドという印象の方が強かったので、そのニュアンスが出たらいいなみたいな感じでしたね。
不便だからこそやってるってことが
今の世の中に足りないこと
プロダクトを進めていく中で大事にされていることは何でしょうか?
結果論なんですけど、あえてめんどくさいことをやるっていう風にしてますね。
パソコンも普通に使いますし、いろいろと便利な方がいいなって基本的に思うタイプですけど、いろんなものの進化の過程が利便性を追求するみたいになってるじゃないですか。そこには自分の中で問いがあって、便利である部分も必要なんだけど、ヴィンテージの車をあえて持ってみるとか、こういう使いづらい部屋で作業をしてみたり。
天の邪鬼っていうのもあるんですけど、この場所から得られるものが大きくて、未来の本来必要なもののヒントが隠れてるなと思います。
嫌でも朝は掃除したり体を動かさなきゃいけなくて、それだけで自律神経が整うんです。なんかやってると気持ちいいんですよね。
それに不便だからできてる気がします。たぶん綺麗なマンションに住んでいたらやらないと思います。
不便だからこそやってるってことが今の世の中に足りないことかもしれないですよね。
あらゆるカルチャーにおいてアナログの大切さが現代で再認識されています。
そのステンシルも型切り抜くのはプロッターって機械でも切り抜けてしまいます。しかもそんなに高くなくて。それを使えばプリントアウトするみたいな感じで切り抜けるので内装をやってる人は使っています。
すごい数がある時は使ってたんですけど、あえてアートに振らないとやる意味がないなと思って、もっと功を極めたかったので、面倒くさいですけど全部手で切り抜くようにしてます。
結局スプレーやローラーでプリントするので、その版自体が手で切ろうが機械で切ろうが、仕上がりはそんなに変わらなくて、その面倒くさい過程をやってきてるっていうことに自分のモチベーションみたいなのが上がってくるんです。その型紙だとプリントも丁寧になるのでお客さんも喜んでくれます。
手で切り抜かれていることは知りませんでした。
版は50回くらい使うと目詰まりみたいな感じになってくるので、新しい版に作り直します。その版自体がかっこいいっていうか、味が出てくるのでそれを額装して一つのアートピースとして販売もしています。
ステンシルアーティストは世の中にたくさんいて、有名なところで言うとバンクシーとか、スタイルも色々とありますが、仕上がりしか考えていなくて、アートピースまで全部を網羅してやってる人は僕しかいないと思います。
ちょっと面倒くさい方が結果的に自分にはいいんだなっていうのを今日も朝に掃除をしながら思ってました。
ステンシルは必ずご自身で行なっていますよね。
コミュニケーションが取りたいので、ワークショップでは、30分一枠で2つぐらいのペースで続けています。絶対にいいものを作りたいので、カスタマイズしたいという人とステンシルを介してコミュニケーションをとっています。それに僕もお客さんも同じ現象になるっていう実感はあります。
福島の仮設住宅に行ったときに、普段は大きなステージでMCも入れずに激しい音楽をやってたブラフマンのTOSHI-LOWくんが、アコギ1本で歌ったこともない演歌を練習して、おじいちゃんおばあちゃんを喜ばせるため歌っていたんです。そういうことかと。我を出すのではなく、他人に寄り添う事の大切さを痛感して、ステンシルを使ってコミュニケーション取るようになりましたね。
その時は「福島頑張れ」みたいなベタなやつを作っていました。逆に元気をいただけてすごく感謝もしてるし、そういうことは軸としてあります。
日本のアイデンティティを掘り下げる
今後、技法や表現でやってみたいことは何でしょう?
この家の影響もすごい大きいですし、自分の年齢も50を越えてきて"和物"にすごく興味があります。
90年代から2000年代に青春を過ごしてきた人間ですから、いわゆる海外のものが一番かっこいいと思っていました。今でも好きですけど、やっぱりルーツがここにあって良いものがいっぱいありますし、般若心経がジョン・レノンに影響を与えたり、その流れでニルヴァーナも涅槃っていうワードですし、結局、僕らが元々持ってる東洋思想を欧米のアーティストが逆に影響を受けてたっていうことも面白いなと思うようになりました。
その中でジョージ・ナカシマとイサム・ノグチにすごく影響を受けてて、この部屋がそのものに囲まれて自分の作品が浮かない一つのルールを決めて作ろうと思ったら、和紙や墨汁もありだなって。日本各地の和紙を使ったりして、そうやって日本のアイデンティティを掘り下げていこうと思っています。
ファンの方に体験してほしいメッセージありますか?
今までやってきたこと、元々あるものとか、ちょっと古いものにプラスオンして、それがさらに気に入ったものになるみたいな。そんなような世界観で作っているので、何か楽しいなと思ったりしてくれて、それを持ってワークショップに来てくれたら嬉しいですね。それぐらいの連動性ができたら面白そうだなと思います。